第12話 溶ける衣
この日の任務は、封霊会からの指令で「特殊な攻撃を行う淫霊の調査および封霊」。
任務の難度はそれほど高くないと伝えられていたが、過去に同様の淫霊によって被害を受けた報告があるらしく、ひよりの表情は引き締まっていた。
報告にあった地点へと慎重に足を運ぶと、森の奥、木々の間から不気味な気配が漂ってくる。
木々の隙間から濃い瘴気が漂い、ぬらりと現れたのは、笑みをたたえた異形の影──淫霊。
「……いた」
気を張りつめ、ひよりは一気に間合いを詰めようと踏み出した、そのときだった。
ぶしゅっという不快な音とともに、淫霊が体を揺らしながら何かを飛ばしてきた。
「っ……!」
反射的に身を引いて避けたものの、粘り気のある液体がかすかにシャツの肩に付着した。
「……!? なに、これ……!」
その液体に触れた布地が、じゅるじゅると音を立てて溶けていく。
数秒後には肩が露わになり、素肌が露わになった。
肌への痛みや痺れなどはない。
(衣類だけ……溶かす?)
特殊な攻撃の正体が分かったところで、淫霊はさらに粘液を飛ばしてくる。
避けながら距離を詰める。スピードなら、こっちに分がある──
そう思ったのも束の間、淫霊がぶるりと体を震わせた。
次の瞬間、上空から、斜めから、四方八方から、粘液が雨のように降り注いだ。
「うそっ……!」
避けきれない。
数発がひよりの身体をかすめ、粘液がぴしゃり、ぴしゃりとシャツの胸元、背中、太ももに付着した。
それぞれの箇所で布地が溶け、破れ、ひらひらと落ちていく。
「や……っ、服が……!」
羞恥と焦りが込み上げる。
風が素肌を撫で、露出していく身体が、次第に感覚に鋭く反応していく。
羞恥と同時に、肌にまとわりつくような空気の感触が、ひよりの集中を乱す。
(まずい……身体が……また)
過敏な感覚が、服を失った刺激に呼応するように蘇る。
胸元のシャツは溶け、大きな胸を包み込む大人びた下着があらわになる。
(こんな格好で……)
ひよりは片腕で胸元を覆いながら、唇を噛んだ。
肌に直接風が触れるたび、ぞくりと背筋が震える。
それは冷気ではなく、露わになった身体を意識してしまうことによる、過敏な反応だった。
(…攻撃そのものはなんてことないけど…闘いづらい…)
淫霊は一定の距離を保ったまま、愉しげに歪んだ口元を吊り上げる。
まるで、ひよりの戸惑いそのものを餌にしているかのような、いやらしい動きだった。
(何が狙いなの…)
次の瞬間、淫霊は再び体を震わせ、天井へ向けて粘液を噴き上げた。
雨のように降り注ぐそれを避けようと、ひよりは即座に脚に力を込めた。
しかし──
「っ……!」
足元に溜まったぬめりが、彼女の足をすべらせた。
体勢を崩し、胸をかばっていた腕を思わず突き放す。
地面に手をついたその瞬間、大きく実った果実のような胸が、露わに弾んだ。
「くっ……!」
避けきれなかった粘液が、今度は下着にまで届いていた。
柔らかな布地はじゅるじゅると音を立てながら形を失い、わずかに残った布切れがかろうじて彼女の羞恥心を守っていた。
ひよりは両腕で必死に身体を隠そうとする。
だが、覆いきれない。
肩先から胸、太ももにかけて、粘液が這った痕がうっすらと光っていた。
(……やばい、落ち着いて。これも全部、誘導のうち……)
淫霊は舌なめずりをするような仕草で、ゆっくりとひよりへ近づいてきた。
その動きに油断が見えた瞬間、ひよりの瞳が細くなる。
羞恥に震えていた肩が、静かに力を宿す。
今まで隠していた腕が、決意とともに静かに下がった。
(……いまなら、届く)
羞恥も、躊躇いも、この一撃に込める。拳にすべて乗せて──
「はあああぁっ!!」
踏み込むと同時に、拳が空気を裂く。
淫霊の愉悦が一瞬、恐怖へと変わった。
鈍く青白い光がひよりの拳を包み、炸裂のように空間が震える。
淫霊の断末魔がこだまし、黒い霧となってその場から消え去った。
ひよりはその場にしゃがみ込み、大きく息を吐く。
肩で荒い呼吸をしながらも、顔を上げたその表情には──
羞恥と、それ以上のもの。
ひとつの任務を完遂した誇りと、鍛えられた意志の光が宿っていた。
彼女の身体に残された衣服は、もはやほとんど形を成していなかった。
風に揺れるわずかな布が、素肌をくすぐった。
その素肌は、しなやかに光を受け止めていた──