第13話 電車に潜むもの

公開日: 2025/07/22

通勤ラッシュの朝。

駅前の人混みは、まるで波のようにひよりの身体を押し流していく。

今日の任務は、雑踏に紛れて現れる淫霊の探知と封霊。対象は人の心に取り憑くタイプ。

油断すれば、一般市民がそのまま被害者にも加害者にもなりうる。

ひよりは、前回の同様任務を思い返しながら、あえて目立つ格好で雑踏の中へと溶け込んだ。

スカートの丈をいつもより短くし、襟元のボタンをひとつ外す。派手すぎず、けれど視線を引く程度に。

 

周囲の人々の目線を感じながら、ひよりは自らを“囮”として淫霊を誘い出す作戦に出たのだ。任務とはいえ、羞恥心は消えない。

電車のホームへ向かって、階段を一歩ずつ登るたびに、背中に絡みつくような視線を感じた。

スカートの裾が揺れるたび、階下からは、繊細なレース越しの肌があらわになっていた。

そのことに気づいた瞬間、慌てて片手てスカートの上から身体のラインに沿うように抑えて、足早に階段を登った。

 

PixAI – Moonbeam (PixAI Official)

 

(……なんだか悪い予感がする)

報告のあった時刻の電車に乗り込むと、人の流れで奥の方へ押し込まれた。

ひよりは周囲の気配に意識を集中させる。

すると、不意に――ぴたり、と何かが空気の流れを歪めた。

(来た……!)

背筋にぞわりとした悪寒が走る。どこかからか、淫霊が周囲の“欲”に反応して現れかけている。

その瞬間、目の前のサラリーマン風の男性の目が虚ろになった。

「……?」

どこかおかしい。

呼吸のリズムや挙動が――人間離れしている。

(まさか…取り憑かれた!?)

男性はまるで夢遊病者のように手を伸ばし、ひよりのすらりと伸びた脚に触れた。

「…やっ…」

淫霊は、人の奥底に潜む欲望を糧にして憑依する存在。

つまり、この男の内に渦巻いていたのは、ひよりを“女”として意識する、本能的な感情だったのだ。

無自覚なままに抱かれていた想いが、淫霊に寄生されることで輪郭を持ち、歪んだ執着へと変わっていく。

男性は言葉は発しないが、その手はゆっくりとスカートの中へと潜ってきた。

指先がさわさわと内ももと脚の付け根のあたりに触れると、びくんと身体が反応した。

(…っ!)

以前、治療して抑えていた感度がぶり返したままだった。

すぐに払いのけようとするが、車内の混雑で身動きがとれない。

周囲の乗客は皆、スマートフォンの画面や自分の立ち位置に意識を奪われていて、この異変に気づかない。

男性に攻撃はできない、あくまで“市民”なのだ。ただ、この車内のどこかに淫霊本体がいるはず――!

 

絶えず這い回る指先からの刺激に、下着がじんわりと湿りはじめていることを感じた。

人目を避けるように身をよじっても、その指は執拗に追いかけてくる。

それを察してか、指先がゆっくりとショーツの中へと入り、ねっとりとした液体を全体に伸ばした。

「あっ…!……」

思わず漏れた声に、ひよりは息を呑んだ。

すぐそばの乗客たちが、わずかに顔をこちらに向ける。まるで空気が一瞬張り詰めたかのようだった。

その目線は、無関心を装いながらもどこかねっとりと絡みついてくるようで、熱を帯びた視線がひよりの肌をなぞっていく錯覚にすら陥る。

すっかり濡れた蜜壺に、ついに指先が入り、くちゅりと音を立てた。

初めての感覚に思わず、身体がのけぞる。

わずかな音ではあるが、まわりにその音が聞こえていないか、ひよりは余計に恥ずかしくなった。

ただでさえ、瘴気に含まれた液体の影響で身体が敏感になっている上、人混みで身動きがとれない状況で、手出しができない一般市民からの刺激に、どうすることもできない自分がもどかしかった。

(…やばい……込み上げてくる……)

さきほどまで、ゆっくり動いていた指先が緩急をつけて激しくなった瞬間、ひよりの全身に電気のようなものが走り、身体を仰け反った。

「……!!」

男性はねっとりと笑うと、手を下着から抜き取ると口元に運び、指先にまとった液体をいやらしく舌で舐め取った。

(…いや…そんなことやめてっ!…)

ふんわりと甘く鼻の奥を刺激するような香りが漂った。

ひよりは恥ずかしくなり、思わず顔を逸らした。

 

男性が再び、片手を忍び込もうとしたその時、その背後に淫霊の姿を捉えた。

(見えた…!)

拳に湧き出てくる感覚を集中させ、男性に当たらないように、人混みをかき分け、淫霊にぶつけた。

光が弾け、淫霊の姿が掻き消えた。

男性はふと我に返ったように目を見開き、一瞬ひよりと目が合うと、焦ったように身体の向きを変えた。

 

電車が駅に停まる。

ひよりは乱れたスカートの裾を手で整え、何事もなかったかのようにホームへと足を踏み出す。

内腿に熱を帯びた何かが、どろり、と垂れてくるのを感じ、慌ててスカートの裏地をで拭うと、すぐさま人波に紛れた。

初めての生身の人間の指先の感触が、火照ったまま意識の奥に張り付いて離れない。

それを振り払うように、駆け足でその場を後にした――

 

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