第13話 電車に潜むもの

通勤ラッシュの朝。

駅前の人混みは、まるで波のようにひよりの身体を押し流していく。

今日の任務は、雑踏に紛れて現れる淫霊の探知と封霊。対象は人の心に取り憑くタイプ。

油断すれば、一般市民がそのまま被害者にも加害者にもなりうる。

ひよりは、前回の同様任務を思い返しながら、あえて目立つ格好で雑踏の中へと溶け込んだ。

スカートの丈をいつもより短くし、襟元のボタンをひとつ外す。派手すぎず、けれど視線を引く程度に。

周囲の人々の目線を感じながら、ひよりは自らを“囮”として淫霊を誘い出す作戦に出たのだ。任務とはいえ、羞恥心は消えない。

電車のホームへ向かって、階段を一歩ずつ登るたびに、背中に絡みつくような視線を感じた。

スカートの裾が揺れるたび、階下からは、繊細なレース越しの肌があらわになっていた。

そのことに気づいた瞬間、慌てて片手てスカートの上から身体のラインに沿うように抑えて、足早に階段を登った。

(視線が集まってる……なんだか悪い予感がする)

報告のあった時刻の電車に乗り込むと、人の流れで奥の方へ押し込まれた。

ひよりは周囲の気配に意識を集中させる。

すると、不意に――ぴたり、と何かが空気の流れを歪めた。

(来た……!)

背筋にぞわりとした悪寒が走る。どこかからか、淫霊が周囲の“欲”に反応して現れかけている。

その瞬間、目の前のサラリーマン風の男性の目が虚ろになった。

「……?」

どこかおかしい。

呼吸のリズムや挙動が――人間離れしている。

(まさか…取り憑かれた!?)

男性はまるで夢遊病者のように手を伸ばし、ひよりのすらりと伸びた脚に触れた。

「…やっ…」

淫霊は、人の奥底に潜む欲望を糧にして憑依する存在。

つまり、この男の内に渦巻いていたのは、ひよりを“女”として意識する、本能的な感情だったのだ。

無自覚なままに抱かれていた想いが、淫霊に寄生されることで輪郭を持ち、歪んだ執着へと変わっていく。

男性は言葉は発しないが、その手はゆっくりとスカートの中へと潜ってきた。

指先がさわさわと内ももと脚の付け根のあたりに触れると、びくんと身体が反応した。

(…っ!)

以前、治療して抑えていた感度がぶり返したままだった。

すぐに払いのけようとするが、車内の混雑で身動きがとれない。

周囲の乗客は皆、スマートフォンの画面や自分の立ち位置に意識を奪われていて、この異変に気づかない。

男性に攻撃はできない、あくまで“市民”なのだ。ただ、この車内のどこかに淫霊本体がいるはず――!

 

絶えず這い回る指先からの刺激に、下着がじんわりと湿りはじめていることを感じた。

人目を避けるように身をよじっても、その指は執拗に追いかけてくる。

それを察してか、指先がゆっくりとショーツの中へと入り、ねっとりとした液体を全体に伸ばした。

「あっ…!……」

思わず漏れた声に、ひよりは息を呑んだ。

すぐそばの乗客たちが、わずかに顔をこちらに向ける。まるで空気が一瞬張り詰めたかのようだった。

その目線は、無関心を装いながらもどこかねっとりと絡みついてくるようで、熱を帯びた視線がひよりの肌をなぞっていく錯覚にすら陥る。

すっかり濡れた蜜壺に、ついに指先が入り、くちゅりと音を立てた。

初めての感覚に思わず、身体がのけぞる。

わずかな音ではあるが、まわりにその音が聞こえていないか、ひよりは余計に恥ずかしくなった。

ただでさえ、瘴気に含まれた液体の影響で身体が敏感になっている上、人混みで身動きがとれない状況で、手出しができない一般市民からの刺激に、どうすることもできない自分がもどかしかった。

(…やばい……込み上げてくる……)

さきほどまで、ゆっくり動いていた指先が緩急をつけて激しくなった瞬間、ひよりの全身に電気のようなものが走り、身体を仰け反った。

「……!!」

男性はねっとりと笑うと、手を下着から抜き取ると口元に運び、指先にまとった液体をいやらしく舌で舐め取った。

(…いや…そんなことやめてっ!…)

ふんわりと甘く鼻の奥を刺激するような香りが漂った。

ひよりは恥ずかしくなり、思わず顔を逸らした。

 

男性が再び、片手を忍び込もうとしたその時、その背後に淫霊の姿を捉えた。

(見えた…!)

拳に湧き出てくる感覚を集中させ、男性に当たらないように、人混みをかき分け、淫霊にぶつけた。

光が弾け、淫霊の姿が掻き消えた。

男性はふと我に返ったように目を見開き、一瞬ひよりと目が合うと、焦ったように身体の向きを変えた。

 

電車が駅に停まる。

ひよりは乱れたスカートの裾を手で整え、何事もなかったかのようにホームへと足を踏み出す。

内腿に熱を帯びた何かが、どろり、と垂れてくるのを感じ、慌ててスカートの裏地をで拭うと、すぐさま人波に紛れた。

初めての生身の人間の指先の感触が、火照ったまま意識の奥に張り付いて離れない。

それを振り払うように、駆け足でその場を後にした――