第17話 情報の見返り(後編)

姉が──神崎みつきが、自分を「守っている」という女の言葉に、ひよりの胸はざわついていた。

(姉さんが……私を? どうして……?)

思考を巡らせる間にも、"遊び"と呼ばれた不可解な儀式は、着実にひよりの身を絡め取っていく。

足元の霧が渦を巻くように動き、そこから黒い影のようなものが音もなく近づいてきた。

それはするりと伸びて、ひよりの太ももへと触れた。冷たく、そしてどこか湿った感触が、ぞわりと肌を這い上がる。

表面はややぬめりがあり、這った跡にはその粘り気のある水滴が、健康的な素肌を垂れる。

「んっ……」

これまでの淫霊から受けた媚薬のような感覚と混ざり、ひよりは思わず反応した。

触手は進行を緩めず、スカートから伸びる広げられた無防備な内ももを這い下着を押し上げて中へ入ろうとした。

下着と肌の間に、粘り気のある糸がひいた。

「…いや…!…そこは!」

ひよりにとってそこは先日の満員電車内での憑依された人間にはじめて指先で触れられたところで、その感覚が脳裏をよぎり、つい大きな声がでた。

「そんなに声を上げて……ふふ、お姉さんの情報がほしいんでしょう? だったらもう少し静かにできるわよね、ひよりちゃん?」

ひよりはただ唇を噛み締めて声を抑えることしかできなかった。

触手は下着を押し上げ、ぬめりをまとったまま秘部を舐めるようにして上下に動いた。

表面は、触手によるぬめりなのか、分泌された液体によるぬめりなのか区別がつかないほどに混ざりあった。

「んっ…あぁっ…」

「フフフ…いい反応するわねえ…」

女は抵抗ができないひよりを弄ぶように笑った。

いつの間にか別の触手が現れ、上半身のシャツの隙間から入り込み、大きな膨らみに沿って動きブラジャーを押し上げる。

(だめっ…どっちも刺激されると…我慢できない)

「…でも、もっと。あなたの力はこんなものではないはずよ?」

女の声は、どこか期待に満ちていた。

そう言った瞬間、陰部を舐めるような動きをしていた触手が動きを止め、今度はその先端が徐々に中へと入ってくる動きをした。

「…あっ…中は…だめっ」

抵抗の言葉は虚しく、触手はひよりの"初めて"に徐々に入ってきた。

「んっ…ぁあ!!…」

ひよりの身体は1回大きく仰け反った、あと数回細かく痙攣した。

 

その瞬間、何かがひよりの中から抜けていくような、妙な脱力感があった

「あら…?もしかして中は"初めて"だったかしら…? 意外と初々しいのね…大丈夫よ、やさしくしてあげるから♡」

そういうと、再び、触手は中でゆっくりと前後に蠢いた。

「情報の前に、1ついいことを教えてあげる。あなたの“身体”には、ちょっと面白い秘密があるのよ」

(それって、特異体質のこと…?)

「あなたは、特異体質。普通の封霊師とは違って、感情や刺激が頂点に達したとき、“力”を外に放出してしまうの」

「……っ!」

「その瞬間に生まれるエネルギー……それが、淫霊たちにはたまらなく“美味しい”のよ。まるで甘美な蜜みたいに」

女の説明に合点がいった。さきほどの痙攣の瞬間に抜けたような力は、外へと流れ出てしまっていたのだ。

 

これは“試されている”。

ひより自身の中にある、まだ自分でも知らない力の可能性を──

(このままじゃ……ダメ……)

ひよりは、残されたわずかな力を振り絞り、四肢に絡みついた触手を振り払おうと身をよじった。

だが──動かない。

粘り気を帯びたそれは、まるで彼女の抵抗すら楽しんでいるかのように、ぴたりと四肢を封じ込めて離そうとしなかった。

「ふふ……焦ってるのね。でも、知らなかったの? 自分の身体がどれほど特別か──」

なおも、スカートの中へともぐる触手はうねりながら、中で微細な前後運動を繰り返す。

その運動に合わせるように、くちゅりと液体と空気が混ざり合うような音が発生する。

身体の中へとはいってくるそれに対して、身体がそれを締め付けるような感覚が、ひより自身でも分かった。

「…ん…あっ!…だめ、もう動か…ないで…」

女の声が、ぞくりとするような余韻を引きながら囁く。

「ああ、伝わってくるわ……あなたの中が締め付けてくる感覚が……とても、素直で、正直な身体ね……」

羞恥と混乱とが混ざり合い、ひよりの心は追い詰められていく。

(…くる…また……!)

ひよりは歯を食いしばったが、自身の身体が反応しているのが分かった。

奥へ侵入してくる異質な存在に、知らず知らずのうちに──抗うよりも、受け入れてしまっている感覚。

「……ぁああ!!…」

身体が大きく跳ねる。

熱と衝撃の波が奔流のように駆け抜け、ひよりは数度、小さく痙攣した。

(また……力が、抜けていく……)

意識が遠のく。

力が指先からすっと消えていくのを感じる。

 

今度こそ、意識を手放してしまいそうな──そんな深い闇に、沈んでいく直前──

「……あらあら。もう限界かしら? これからが、いちばん楽しい時間なのに……」

女の声音に、わずかに落胆が混じる。

「まあ、仕方ないわね。気を失われても困るし……ご褒美よ。あなたの“あのひと”──お姉さんの情報、教えてあげる」

その一言に、ひよりの意識はふわりと現実に引き戻された。

彼女の瞳に、ぼんやりと女の姿が浮かび上がる。

「あのひとは……今、淫霊とともにあるわ。それも──あのひと自身の意思でね」

「……っ!」

ひよりの思考が、一瞬止まった。

(姉さんが……自分から……?)

その言葉を受け入れられない。

信じたくないのに、心のどこかで何かが軋むように反応していた。

女は、そんなひよりの内面をすべて見透かしたように、しなやかに言葉を重ねる。

「どうしてかって? ……いずれ、あなたも分かるわ。けれど今のあなたには、まだ早い。未熟だもの」

そういうと、四肢を拘束していた触手たちが、まるで指令を解かれたようにするすると緩み、地に溶けていった。

自由になった身体は重く、ひよりはその場に膝をつくと、はだけた胸元を手で隠した。

「それでも……それでも、知りたいというのなら──強くなりなさい」

霧の向こう、女の声はまるで風のように優しく、そして艶やかに響く。

「そのときは……もっと“おいしい蜜”を、いただくわね……ふふふ」

最後の言葉に含まれるのは、愉悦か、それとも期待か。

ひよりにはわからなかった。

「そうそう。あなたの任務の淫霊は、わたしが処理しておくわ。安心して帰るといい。──ただし、今日ここであったことは、誰にも言わないことね。では、またどこかで……」

ふっと風が吹く。

霧がひるがえり、空気が澄んだ瞬間──

そこに女の姿は、もうなかった。

ひよりは、力の抜けたままその場にしばらく座り込んだ。

胸の中で、感情が渦を巻く。

(姉さんが……自分の意思で……淫霊と……?)

信じたくない。けれど、女の言葉の中に感じた“確かさ”が、ひよりを黙らせた。

 

そして──

ほんのわずかに、自分の身体に刻まれた“快感”の残り香が、再び心をざわつかせる。

それを打ち消すように、ひよりは大きく息を吐いた。

立ち上がり、手で乱れたシャツとスカートを整える。

片手をスカートの中にいれ、濡れた下着の位置を正すと、指先に残ったぬめりに、ほんの一瞬、視線が止まる。

そして何も言わずに、スカートの裾で拭き取り、無言で空を見上げた。

森に吹く風が霧を運び、湿った空気を撫でていく。

ひらりとスカートの裾が揺れるたび、冷たい風が素肌に触れ、わずかに身震いする。

湿った下着に風が通りひんやりとした感覚とは裏腹に、身体はまだ熱いままだった。

一瞬、鼻の奥がつんとするような香りがあたりをまとったが、それをまた別の風が運んでいった。

(……強くならなきゃ)

姉に会うために。

真実にたどり着くために。

そして──自分という存在を、見つけ出すために。

ひよりは、揺れる足取りのまま森を後にした。

その背中には、かすかな決意の色が、確かに滲んでいた。