
第19話 映し出す欲望(前編)
公開日: 2025/08/13
うっすらと暗がりに沈む空間。
ひよりの足音だけが、静かに響く。
(ここが……幻術の中……?)
先ほどまで両手を上げていたが、今は自由になっている。
試験官が告げていた「自分自身と向き合う試練」とは、いったい──。
視界をぼんやりと漂う光の中、前方に人影が浮かび上がった。
ひよりとほぼ同じ背丈。歩き方も、立ち姿も、どこか見覚えがある。
(……あれは)
しかしその姿は、ひよりそのものに見えて、まるで別人のような雰囲気をまとっていた。
彼女の瞳は艶やかで濡れていて、微笑みにはどこか挑発的な陰が差している。
まるで、欲に沈んだ鏡の中の自分──そんな印象だった。
(これが“私の影”……?)
その刹那、影の“ひより”が足を踏み込む。
ひよりも即座に構えを取り、間合いを詰める。
拳と拳がぶつかりそうで、すれ違い、避け、また繰り出す──

互いの動きが、まるでコピーされたように一致していた。
(速い……まるで、わたし自身と戦ってるみたい)
数度の攻防のあと、ふたりは呼吸を整えるように距離を取った。
ひよりは無意識に唇を噛む。
(……このまま長引けば、消耗するだけ)
焦る心を押し込めた、そのときだった。
女がにやりと笑い、次の瞬間──
周囲に、不気味に蠢く触手のようなものが現れた。
まるで森の奥で見た淫霊の罠のように、視界を囲む。
(囲まれた!?)
触手の間を縫って抜け出そうとするひよりだったが、すぐに足元をとられ、四肢を拘束されてしまった。
さきほどの術式の準備でシャツとブラジャーを脱いだため、上半身は無防備そのものだった。
なんとか抜け出そうと身体をよじるが、びくともしない。ひよりの年齢に似つかわしくない程たわわに実った膨らみが静かに揺れる。
「くっ……!」
影のひよりが、無言のまま近づいてくる。
その瞳に浮かぶのは、まるで試すような光。
女は、拳を構え──ひよりの胸元へと振り上げた。
ひよりは目を閉じ、衝撃に備える──
……が、拳は降ってこなかった。
代わりに、そっと胸に直接触れられた感覚が走る。
(えっ…)
目を開くと、たしかに両手で無防備な大きな膨らみを揉みしだいている。
「んっ……やめ」
思いも寄らない攻撃に、思わず声が漏れた。
(アナタはワタシ…)
女は声を発しないものの、ひよりの脳内に語りかけてきた。
(ワタシを生み出したのは、アナタ── 目を背けてきた感情、抑えつけてきた快感、弱さ。)
ひよりの心に、ざわりと波が立つ。
過去の任務。淫霊から受けた刺激の記憶。
心のどこかで確かに震えた快感や混乱。
それを「異常」として無理に封じてきたことを、この影は知っている。
ただでさえ、これまでの任務での淫霊からの刺激の後遺症がある上で、さきほどまでの幻術の術式の準備での刺激もあり、胸の感度は通常より感じやすい状態になっていた。
「私はそんなもの、も…求めてなんか──」
否定しようとした瞬間、女はひよりの脳に直接語りかける。
(アナタは本当は求めている… 快感を…)
女はその手の平には収まりきらないほど大きな膨らみを、緩急をつけながら揉みながら、時折、指先ですっかり固くなった先端を弾くように刺激した。
そのたびに、ひよりの身体は反応し、わずかに仰け反る。
(そんなはずない… こんな淫らな…)
ひよりは否定するかのように、全身に力をこめて身体をよじるが、触手の拘束が緩むことはなく、体は逃げられない。
触手からはねっとりとした粘液が分泌され、ひよりの肌をより艶めかせる。
(…素直になればイイのに…)
そう語りかけると、女は顔を胸の前に近づけ、舌を出して、舌先で乳首を舐めあげ上下に刺激した。
「……やだ、そんなとこ……舐めないで……」
指先とは異なる刺激に思わず声が漏れる。
固くなった乳首を、わざと焦らすように舌先でなぞり、意地悪く弄ぶ。
女は、どの瞬間に、どれほどの強さで触れれば最も敏感に反応するのか──まるで熟知しているかのようだった。
そのたびに、ひよりの身体はかすかに跳ね、反射するように細やかな震えが全身を伝っていった。
ひよりはまだ、この幻術の中で──
どうすれば“自分自身”と向き合えるのか、答えを見つけられずにいた。
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