
第22話 甘い崩壊(前編)
公開日: 2025/08/19
前回の任務を一人でやり遂げ、封霊会が長らく探していた『封印具の欠片』を持ち帰ったひよりは、中級封霊師としてその名を刻み始めていた。
執務室にて、上役の男が報告書に目を落としながら言う。
「先日の任務は見事だったな。内容を見る限り、随分と大変だったようだが……」
ひよりは静かに頷く。
「今回は単独ではなく、仲間と共に向かってもらう。淫霊の発生が増えている地域だ。おそらく戦闘が中心になるだろう」
「……はい。封霊してくればよいのですね」
「そうだ。君の得意分野だろう」
そのとき、重い扉を叩く音が響いた。
「失礼します」
「お、ちょうど来たな……入りたまえ」
ゆっくりと開かれた扉の向こうに、背の高い一人の男が立っていた。
「今回、任務を共にしてもらう。榊原(さかきばら)れんだ。君よりいくつか先輩になる」
「はじめまして。榊原れんです。……ひよりちゃん、よろしくね」
「……はじめまして。神崎ひよりです。よろしくお願いします」
榊原はにこりと柔らかく微笑んだ。
その端正な顔立ちは、封霊会の女子の間で囁かれる「甘いルックスのイケメン」という評判に違わぬものだった。
すらりとした体躯と落ち着いた物腰が、大人の余裕を漂わせている。
噂を耳にしていたひよりも、目の前に立つその姿を見て、思わず納得させられる。
しかし彼の視線が上から下へと彼女をなぞり、一度胸元にわずかにとどまったのを、ひよりは敏感に感じ取った。
一瞬、息を詰める。榊原の瞳がまっすぐに顔へと戻ると、ひよりは反射的に視線を逸らしてしまった。
「──じゃあ、さっそく向かおうか」
榊原は軽く微笑を浮かべながら促し、二人は執務室を後にした。
ひよりは、その背中を追いながら歩き出す。
報告のあった地域へと向かう途中。
「中級になってから、何回目の任務? ……緊張してる?」
横を歩く榊原が、さりげなく問いかけてきた。
「……まだ二回目です。……緊張は、その……少し」
ひよりは、男性と肩を並べて歩くことに慣れておらず、どう返してよいか戸惑う。
榊原は柔らかく笑い、「そっか。そりゃ緊張もするよね。でも大丈夫──俺がついてるから」と軽く言った。
言葉の温かさに、わずかに鼓動が速まる。だがすぐに静寂が戻り、二人は足音だけを響かせて歩き続けた。
やがて。
「……この辺りだ。いつでもいけるよう構えて」
「……はい」
ひよりの頬を汗が伝う。拳を固め、息を整える。
(……くる……!)
次の瞬間、影のように複数の淫霊が飛びかかってきた。
「──封ッ!」
ひよりの拳が閃き、一体、また一体と浄化の光に散らす。
榊原も鋭い動きで次々と封霊していき、二人は背中を預け合いながら応戦した。
だが淫霊は次から次へと湧き出し、止むことを知らない。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
荒くなる呼吸。汗に濡れた額。
(……これじゃ、きりがない……!)
再び前に出ようとした刹那──
「うわっ……!」
榊原の声。振り返ったひよりの視界に、瘴気を浴びて膝をつく榊原の姿が飛び込む。
「榊原さん!」
助けに向かおうとするが、目の前に淫霊が立ちはだかる。
「邪魔っ……!」
渾身の一撃で浄化し、霧散させると同時に榊原へ駆け寄った。
榊原は瘴気に蝕まれたようにうなされ、地面に横たわっている。
その周囲をなお淫霊たちが蠢き、ひよりに迫ってきた。
「くっ……!」
荒い息を押し殺しながら、彼女は全身の力を振り絞って薙ぎ払い、榊原の身体を肩に担ぎ上げる。
「……うぅ……」
榊原が低く呻く。
「一旦……ここを離れましょう!」
必死に踏みしめる足。淫霊の群れをかわしながら、ひよりは力強くその場を離脱した。
「……はぁ、はぁ……ここまで来れば、追っては来ないはず……」
ひよりは荒い呼吸を整えながら、うなされている榊原をそっと横たえた。
「ちょっとここで待っていてください。私が周囲を見てきますから……」
そう言って身を翻そうとした瞬間、足首を強く掴まれる。
「……えっ……!」
視線を落とせば、榊原がむくりと身を起こし、ゆっくりと瞳を開いていた。
だがその眼差しは焦点が合わず、虚ろに揺れている。
(……まさか……取り憑かれて……!?)
ひよりが反射的に足を引こうとするが、先の戦闘と彼を担いできた疲れで、思うように力が入らない。
「……ククク……」
これまで一度も見せたことのない低い笑みが、榊原の口元から零れる。
次の瞬間、彼はひよりの両腕を掴み、頭上へと押さえ込んだ。
「っ……!」
驚愕に目を見開き、必死に振りほどこうとするが、男性の力は想像以上に強く、わずかに緩む程度で解放には至らない。
「△※□@◎……」
榊原が意味を成さぬ言葉を小さく呟いた。
すると、ひよりの手首が見えぬ力に絡め取られ、頭の後ろでぴたりと固定される。
同時に足元も重く縛られたように動かなくなった。
(……呪文……!?)

男の両腕がゆっくりと伸び、ひよりの大きな胸を手のひらで掴み取った。
「…っ!」
突如として胸を押さえつけられ、ひよりは目を大きく見開き、視線を胸元へと落とす。
指が布越しに沈み込み、豊かな膨らみを揉みほぐすように動き始めた。
「……ずっと、こんなふうにしてみたかったんだ……」
耳に飛び込んできた言葉に、ひよりは息を呑む。
──そんなことを口にする榊原ではない、と信じていたからだ。
「……んっ……な、なにを言ってるんですか……! 目を覚ましてください……!」
必死に身をよじり、左右へ身体を仰け反らせる。だが男の掌は頑なに胸を捕らえ、離れようとはしない。
淫霊の瘴気は、人が胸奥に秘める欲望を増幅させ、現実に引きずり出すもの。
もしこれが本当に瘴気の影響だとすれば──榊原は、ひよりをただの後輩ではなく、一人の女として見ていたことになる。
(……そんな目で……私のことを見ていただなんて……)
驚きと戸惑い、そして否応なく押し寄せる羞恥が、ひよりの心を乱した。
「……きみも、本当はこうされたいんじゃないのか……?」
「……っ! そ、そんなこと……!」
言葉を返す間もなく、榊原は胸から手を離し、シャツのボタンへと指をかけた。
ひとつ、またひとつと外されていき、やがて布地は無防備に開かれていく。
大きな胸を包む下着に手が伸び、ホックが手際よく外された。肩からずり落ちるストラップ。
支えを失った膨らみがあらわとなり、冷たい外気が敏感な肌を撫でていく。
「や……見ないで……っ!」
震える声は、彼の耳には届いていないかのようだった。
男は執拗にじっと見つめ、にやりと唇を吊り上げる。
そして再び、手を胸にあてがい、ゆっくりと揉みしだいた。
固く尖った先端が手のひらに擦れ、その感触を確かめるように何度も往復させる。
(……榊原さん……こんなの……)
羞恥と混乱に揺れる心。
男の指先が、敏感な先端をなぞったかと思うと、不意に軽く弾いた。
「……あっ……!」
そのたびにひよりの身体がぴくりと反応し、耐えきれず息が漏れる。
固くなった感触を確かめるように、彼の顔が近づき、吐息が胸元をかすめると、口を大きく開けてその先端を咥えた。
「……っ!」
じゅるりと音を立てながら、その先端を舌先で刺激してみせた。
「ぁあっ!…んっ…」
吸い付くようにむしゃぶりつく様子を見せる。
温かい気配とともに、舌の柔らかな刺激が押し寄せ、ひよりは思わず声を詰まらせる。
湿った音が辺り一帯に響き、いやらしいほど鮮やかに彼女の耳をかき乱した。
男の唾液が胸に広がっていき、それが艶めかしく糸をひきながらぽたりと足元に落ちる。
その光景が視界に焼き付き、羞恥とともに胸の奥を焦がすように高ぶらせた。
(……どうしよう……。仲間だから、攻撃なんて……でも……!)
理性では彼を救わなければと分かっている。
だが、瘴気に囚われたかのような榊原の行為を前に、ひよりには抗う術もなく、ただその刺激を耐え忍ぶしかなかった。
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