
第27話 優越の証明(後編)
公開日: 2025/08/27
寮から少し離れた、人通りのない薄暗い施設の廊下の隅。
ひよりは、先輩封霊師・葉山りつかからあの日榊原れんと何があったのかを執拗に問いただされていた。
反抗的な態度をみせたせいで、背後に立つ取り巻きの女に両腕を固く押さえ込まれ、抵抗の術を失っている。
りつかはポケットから、小さな丸いケースを取り出す。手のひらに収まるほどのサイズ。
ぱちんと蓋を開けると、中には白濁したクリーム状のものが艶やかに光を反射していた。
指先でそれをすくい取り、わざと見せつけるように持ち上げる。
「……な、なんですか、それ……」
恐る恐る問いかける声はわずかに震えていた。
「これ?」
りつかの唇がいやらしく歪む。
「……媚薬ってやつよ」
ぞわり、と背筋を冷たいものが走る。
「これを塗られたら……アンタの身体、どうなっちゃうのかしらね?」
あの日の任務で、淫霊に吹きかけられた瘴気や粘液に翻弄された記憶が蘇る。
ただの自然のものですら身体を熱くさせてしまったのだ。人工的に作られた媚薬など、どうなってしまうのか。
ひよりは無意識に唇を噛み、首を振って抵抗する。
だが、背後の女がさらに力を込め、両腕を押さえつけた。
恐怖に見開かれたひよりの瞳を覗き込みながら、りつかはゆっくりと手を伸ばした。
白いクリームが塗られた指先が、左胸の頂きに近づいていく。
「や、やめて……っ」
懇願の声など意に介さず、りつかの指は先端すれすれで一度止まり、焦らすように間を置いてから──
ぐっ、と指の腹で押し込み、媚薬をしっかりと擦り込んだ。
「あああっ!」
ひんやりとした指先が触れた瞬間、電撃のような快感が胸を突き抜け、ひよりの身体は反射的に大きく仰け反った。
「…まだ塗ったばかりよ? これからが本番だっていうのに」
りつかは愉しげに囁きながら、塗り込んだ部分を指先で円を描くようにくるくると撫で回す。
最初の冷たさはすぐに熱へと変わり、ピリピリとした刺激がじわじわと強さを増していく。
「んっ……あっ……あぁ……」
こらえようとする声が、勝手に喉からもれ出る。
自分の意志ではない反応に、羞恥と恐怖がないまぜになり、胸が苦しくなる。
「ずいぶんと気持ちよさそうじゃない……ほら、こっちにも塗ってあげる」
にやりと笑ったりつかは、再びケースに指を入れ、白い媚薬をたっぷりとすくった。
そして、今度は右胸の乳首へと指を押し当て、ぐりぐりと塗り込んでいく。
「ぁあっ! あぁあぁっ……!」
左胸と同じ衝撃が、さらに重なって全身を襲う。
りつかの指が意地悪く押し込み、塗り込むたびに、張りのある柔肌がきゅっと縮むように反応する。
媚薬は確実に染み込んでいき、両胸の先端が熱を帯び、じりじりと火照っていく。
触れられるたびに感覚が研ぎ澄まされ、ちょっとした刺激ですら過敏に拾い上げる。
「ほら、指先に触れるだけで、もうこんなに震えて……」
りつかが囁き、爪先で軽く突いた瞬間、ひよりの身体はびくんと大きく跳ねた。
堪えきれず、小さな声がもれる。
「……んぁっ……や、やめて……」
それでも身体は正直に反応を刻み、羞恥の熱に包まれていった。
「あらあら……もう、こんなふうになってしまって」
女は愉快そうに吐息をもらし、視線をすべらせながら口元をかすかに歪めた。
その笑みは優美でありながら、どこかぞっとするような支配の色を帯びている。
「……じゃあ、今度はこっちに試したら、どうなってしまうのかしらね」
「っ……待って、そこは――」
声を震わせるひよりの抗いを遮るように、女の指先にはすでに艶やかに光る薬がのっていた。
「“待ってください”でしょ?……ほんと、言葉づかいから直さないとね。生意気なんだから」
軽やかにしゃがみ込むと、もう片方の手でスカートの裾を持ち上げ、下着の端に指を入れ横に引っ張った。秘められた場所があらわになる。
触れられてもいないのに、そこへ流れ込む冷たい空気がひよりを小さく震わせた。
(……だめ……)
ゆっくりと迫る指先。瞼の裏に映るのは、その軌跡にねっとりと塗りたぐられる自分の未来。
ひよりは覚悟を決めるように唇を噛みしめ、ぎゅっと目を閉じた。
その時ーー
「あれ!先輩たち、そこで何してるんですか〜!」
明るく無邪気な声が廊下の奥から響いた。
張り詰めた空気が弾け、ひよりは心臓を強く打たれたように目を見開く。聞き覚えのある声に、全身が一気に熱と冷気をまぜたような感覚に覆われていった。
目を開けると、声のした方から後輩の天羽みくが、軽やかな足取りでこちらへ向かってくるのが見えた。
その姿に、張り詰めていた空気が一気にほぐれる。
葉山は舌打ちを噛み殺すような顔をして立ち上がり、視線をひよりに投げかけた。
「今度は、こんな程度じゃ済まないから」
低い声でそう告げると、背後に控えていた女に小さく合図を送り、身を翻して去っていった。

その背中を目で追っていると、みくが不思議そうに同じ方向を見やりながら、ひよりのすぐ近くにまで歩み寄ってきた。
「先輩たち、こんなところで何をしてたんですか――って、えっ!?なんでおっぱい、出してるんですか!」
はつらつとした声が、場違いなほど明るく響く。
その一言で、ひよりはようやく我に返った。
慌ててブラジャーを直し、シャツを胸元でぎゅっと押さえ込む。
ブラジャーの裏地が先端に擦れて、先ほどまでの余韻が嫌でも蘇り、頬に熱がのぼる。
「べ、別に……大した話なんてしてないわよ」
「えぇ?そうなんですか〜?でも先輩、顔が真っ赤ですよ?ほんとに大丈夫ですか?」
みくが首を傾げて覗き込む。
あまりにもまっすぐで無邪気な言葉に、ひよりの強ばっていた心はふっとほどけていった。
「…大丈夫、ほら行くよ」
照れ隠しのように短く返すと、二人は並んで歩き出す。
風が火照った頬を撫で、ようやく呼吸が整っていくのを感じながら──
(……助けられた。あのタイミングで来てくれて、本当に……)
胸の奥にわずかな安堵を抱きながらも──
両胸に塗りたぐられた感触はまだ生々しく残り、先端にはぴりぴりとした余韻が残されていた。
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