
第29話 絡繰の糸(後編)
公開日: 2025/09/02
深夜の廃墟倉庫。
ひよりはひとり、蜘蛛のような異形の淫霊と相対していた。
両腕も両脚も、粘つく糸に幾重にも絡め取られ、縫いとめられたように拘束されている。
わずかに身じろぎすれば、そのたびに糸が肌へ食い込み、いやらしく柔らかな曲線を強調した。
粘りつく糸が肌にまとわりつき、胸や太腿をいやらしく締めつける。
ほんのわずかに身をよじることはできても、力を入れれば入れるほど糸が食い込み、柔らかな曲線をさらに浮き彫りにしてしまう。
先日の媚薬の効果がまだ胸の奥に残っているのか──
糸が食い込むたび、年齢に不釣り合いなほど大きな膨らみがぐにりと歪み、布地越しに敏感な先端が擦れる。
「……んっ……」
耐えようとしたはずの唇から、思わず声が漏れる。
シャツ越しとはいえ、細い糸が食い込むことで刺激が強調され、先端は固くぴくりと反応した。
羞恥と屈辱が胸を締めつける一方で、身体は否応なく熱を帯びていく。
必死に抗うひより。その頭上から──
ぽたり。
白濁とした液体がひよりの胸元へ落ちてきた。
「っ……な、なにこれ……」
液体は、触れた途端じんわりと熱を帯び、胸元を伝って肌に広がる。
甘く生臭い匂いが鼻をかすめる。
頭上にいる淫霊の方へ目を向けた瞬間、ひよりは息を呑んだ。
さきほどまで天井を自在に動き回っていたそれは、今やどこか落ち着きを失ったように身を震わせている。
下半身に突き立つように反り上がった異形の器官──人間のものに似ていながらも、明らかに異質な形状。
その先端からは白濁とした液体がとろりと垂れ落ち、床に染みを広げていた。
ぞわり、と全身に鳥肌が立つ。
荒い呼吸が漏れ、喉がひくりと鳴った。
囚われた獲物を前に、淫霊は確かに昂ぶっている。

その時だった──
トクン……。
胸の奥が、不意に引き抜かれるような感覚に襲われた。
「えっ……」
慌てて自分を絡め取る太い糸を見る。
粘つくそれは生き物のように脈動し、まるで心臓の鼓動を模したかのように不定期に動いた。
視線で辿ると、その糸は天井を伝い、淫霊の下半身へと繋がっている。
糸が脈打つたび、淫霊のそれも連動するように硬く膨らみ、先端からはさらに粘つく液体が滴り落ちる。
「や……いやっ……!」
ひよりは思わず顔を背け、視線を逸らした。
淫霊はするすると糸を伝って地上へ降り立ち、ゆらめく影を落としながら近づいてくる。
むくりと立ち上がるその姿は異様な威圧感を放つ。
艶めいた液体を零しながら、獲物へじりじりと迫ってくるその姿に──
「こ、来ないでっ……!」
声を張り上げるも、糸に絡め取られた身体は逃げ場を許されない。
淫霊のそれはますます大きく脈打つのが鮮明に見えた。
シュシュシュシュ……
気味の悪い笑い声とも、糸が擦れる音ともつかぬ不快な響きが倉庫に満ちる。
トクン……トクン……
脈動がひよりの身体を通じ、霊力がじわじわと吸い取られていくのがわかる。
必死に身体をよじってみせるが、力はすでに削がれ、さきほどのようには動けない。
淫霊が目の前でぴたりと動きを止める。
異形の先端が、じわりと艶めく太ももに近づき、触れる。
「っ……!」
そこから滴り落ちる白濁は、生温かくどろりとしていて、ひよりのすらりと伸びる太ももを伝い、膝裏まで艶めかしく流れ落ちていく。
ぬめる感触に、ひよりの奥底が思わず震え、唇を噛んで声を殺した。
(……やだ……)
淫霊のそれはゆっくりと軌跡を描きながら上へと昇り、スカートの影へと潜り込む。
その瞬間、淫霊の全身がぞくりと震え、快楽に身を震わせたように──
ビュッ、と白濁が一気に放たれた。
「……っ!」
弾け飛んだ飛沫がスカートの裏地にまとわりつき、ねっとりと絡みつく。
布地に吸いきれなかった部分は、滴となって短い丈のスカートの裾から垂れ、ぽたり、ぽたりと床を濡らしていった。
息を詰めて耐えるひより。その時──
腕や脚を縛りつけていた糸が、ほんのわずかに緩んだ。
淫霊が放出に気を取られた一瞬の隙のことだった。
(…!…次で仕留める…)
ひくひくと脈打つ先端が、再び太ももを這い上がり、ついに下着の上からつんと触れた。
「あっ……!」
全身がびくりと反応した。
ほんのわずかに触れただけなのに、胸の奥から熱がこみ上げ、鼓動は早鐘のように跳ねた。
下着越しに伝わる脈動。
布の端に沿うように、いやらしく擦りつける動き。
先端から零れた白濁が太ももをつたり落ち、蛍光灯の淡い光を反射して、若々しく張りのある脚を艶めかせた。
下着の内側から、じわりと熱を帯びた湿りが広がっていく。
自分の内から分泌されたものが布越しに染みをつくり、薄く広がっていく感覚に、羞恥心で胸が詰まる。
前後に擦れるたび、染みはさらに滲みを増し、布地はしだいに艶やかに透けていった。
淫霊はそのたびに身を震わせ、恍惚に酔っている。
(……くる……!)
次の瞬間、白濁が放たれようとする気配と同時に──
ひよりは渾身の力を腕に込め、一気に糸を引きちぎった。
「……封ッッ!!」
解き放たれた力とともに振りかざした掌が瘴気を叩きつけ、淫霊は甘美な表情を浮かべながら、黒い霧となって散った。
「はぁ……はぁ……っ……危ないところだった……」
息を切らし、残る糸を引きちぎりながら脚を解放する。
しかし立ち上がろうとした途端、足に力が入らず、よろめいた。
スカートと下着は粘液でぐっしょりと濡れ、布が肌に貼りつく。
(……なんなの、あの淫霊……)
これまで見たこともない能力。
人間の欲そのものが形を得たような異形の記憶が、脳裏でちらつき、ひよりの背筋を冷たく撫でる。
深く息を吐き、乱れた鼓動を鎮めようとする。
やがて一歩ずつ、ゆっくりと倉庫の外へ歩み出た。
夜風がひんやりと頬を撫でる。
濡れたスカートがひらりと揺れ、その布地を伝う冷えがいやに鮮明に感じられる。
だが──対照的に、身体の奥にはまだ熱が残り、火照りが燻っていた。
冷たさと熱さ。
相反する感覚に惑わされながら、ひよりは夜風に身をさらし、夜の市街地へと消えていくのだった──
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