
第30話 治療に抗えぬ躰(前編)
公開日: 2025/09/16
この日、ひよりは封霊会の医療棟──診察室の扉の前に立っていた。
呼び出したのは、女医・篠宮りえ。
前回の治療から、しばらく検診へ顔を出していなかったことを思い出すと、胸の奥に小さな罪悪感が疼いた。
(……前に治してもらったのに、また……ぶり返したなんて……)
一時は落ち着いていた感度も、無理な任務のせいで再び高まり、今ではすっかり元通りになってしまっている。
篠宮からの忠告を無視した形になり、顔を合わせるのが気まずくて足が遠のいていたのだ。
胸に手を当て、深く息を吸い込む。
そして、意を決してコンコンとノックした。
「どうぞ」
落ち着いた女の声が返ってきた瞬間、鼓動が跳ねる。
扉を開けると、椅子に腰かけた篠宮がくるりと回転し、視線を向けてきた。
「ようやく来てくれたわね。定期的に検診を受けるようにって言ったはずよ?」
きりりとした瞳。わずかに呆れを含んだ口調。
ひよりは思わず背をすぼめた。
「す、すみません……任務が忙しくて……」
「言い訳はけっこう」
ぴしゃりと言い切られ、ひよりは口をつぐむ。
頬が熱くなり、胸の奥がちくりと痛んだ。
「……まあ、いいわ。そこに座って」
促されるままにスツールに腰を下ろすと、篠宮は姿勢を崩さずに問いかける。
「それで──ちゃんと休めてはいるの?任務を優先するのもいいけれど、身体を休めることも同じくらい大切よ」
さきほどまでの鋭さが和らぎ、今度はどこか温かい声音。
ひよりは意外に思い、胸の奥が少しだけ緩む。
「……はい。任務がない日は、ちゃんと休んでます」
「そう。それならいいのだけれど」
厳しさと優しさが同居するその声に、ひよりはますます逆らえず、言われるままに身を委ねてしまう。
篠宮は椅子を滑らせ、ひよりの正面に寄ると、ためらいなく両手を伸ばした。
「え、あ、あのっ──」
声を上げる間もなく、女医の掌がシャツ越しに豊かな胸をとらえる。
指先が横から押し、下から持ち上げ、形を変えては弾力を確かめていく。
抵抗しようと腕が動きかけたが、その気配をまるで無視するように、篠宮の手は執拗に胸を扱った。
ひよりの両腕は行き場を失い、結局は太ももの間に置いた。
「……どう? 前回の治療は、一時的には効果があったはずよね」
「そ、それが……えっと……」
確かに、あのときは力が湧くような感覚があった。
けれど、その後の任務で無理をしてしまい、症状はぶり返した。そんなことは言えなかった。
「……まさか、また無理したんじゃないでしょうね?」
言葉と同時に、篠宮の指が強く沈み込み、膨らみを鷲掴みにした。
「んっ……!」
思わず声が漏れる。
篠宮は呆れ顔で吐息を洩らすが、手の動きは止まらない。
「やっぱり……だから検診にも来なかったのね。まったく」
「す、すみません……」
ぽつりと反省の言葉を洩らすと、篠宮は冷たく問い返した。
「本当に反省してるの?」
指先にさらに力を込め、布越しに柔らかな感触を押し潰す。
「は、はい……」
困惑と羞恥に染まったひよりの顔を見て、篠宮は手をぴたりと止める。
そして冷静な声で命じた。
「──それなら。上に着ているもの、全部脱いで」
「……えっ……」
ひよりは驚いた表情で篠宮を見上げた。
だが女医の瞳は冗談など一切なく、ただ冷徹に、彼女の従順を待っていた。
「聞こえなかった?──脱いで。診察を続けるから」
圧のこもった声に、ひよりは何も言い返せなかった。
前回の忠告を無視してしまった後ろめたさが、心の奥に重くのしかかっている。
篠宮はそれ以上口を挟まず、椅子をくるりと回してデスクへ向かうと、無言で用紙に何やら記入を始めた。
ひよりには、もう交渉の余地など与えられていないことが痛いほど伝わった。
静かな沈黙ののち、ひよりは意を決して襟元に手を伸ばす。
一つ、また一つとボタンを外していく。
シャツを脱ぎ終えると、備え付けのかごに畳んで置き、今度は手を背中へ回す。
ブラジャーのホックに指をかけ、そっと力を加えると、わずかな音とともに解放され、胸がふわりと弛んだ。
肩紐を指先でするりと外し、両腕を抜けば──
形の整った膨らみが、蛍光灯の光に照らされてあらわになる。
ブラジャーもまたシャツと一緒にかごへ置き、ひよりは居心地悪そうに両手を太ももの間に忍ばせた。

篠宮は準備が整ったことを察すると、再び椅子をくるりと回してひよりの正面へ。
ぐっと近づいてきた視線に、ひよりの肩は自然と強ばる。
同じ女性であっても──
何も纏わぬ姿をさらけ出すことに、羞恥と緊張が込み上げていた。
「じゃあ……直接触っていくわね」
篠宮の両手が再び伸び、ひよりの豊かな胸を包み込む。
掌の熱がじわりと伝わり、指先がゆっくりと沈み込み、揉みほぐすように力が入った。
「あっ……」
思わず短い声が零れる。
指の動きに合わせて、敏感な先端が掌に触れ、ぴくりと反応を示した。
「あら……これは、前回よりひどくなっているかもしれないわね」
篠宮の声音は神妙で、医師としての観察を隠さない。
指の位置や圧を微妙に変えながら、柔らかな膨らみを確かめる。
それは女性の手のひらでは収まりきらず、押し込めば弾力が反発するように返ってくる。
やがて、篠宮の指先は先端を的確につんとつつき始めた。
「んっ……あんっ……」
突かれるたび、小さな声が洩れてしまう。
恥ずかしさに耐えきれず、ひよりは唇を噛みしめて顔を横に逸らした。
さらに指の腹でそっと撫でたかと思えば、爪先で軽く弾く。
「っ……!」
声を必死に堪えても、身体は正直に震えてしまう。
篠宮はその様子を冷静に観察しながら、低くつぶやいた。
「……これは淫霊の影響だけじゃないわね」
まるで肌越しに、すべてを見抜かれているような声音だった。
その言葉に、ひよりの胸中に先日の光景が蘇る。
──先輩封霊師・葉山からの嫌がらせ。
あのとき胸に塗りたくられた、媚薬と呼ばれるクリーム状のもの。
あれがまだ身体に残っていることを、篠宮には見透かされている。
その日以来──
両胸の乳首には、ときおりピリリと小さな痺れが走る感覚が残っていた。
篠宮の指先が触れるたび、その痺れを呼び覚ますかのように、絶妙な力加減で撫で、時に軽く弾く。
ひよりの身体は小さく跳ね、声を抑えきれずに零してしまう。
「あっ…んっ……ぁん……」
「淫霊の瘴気に加えて……媚薬のようなものが塗り込まれているわね。──心当たり、あるかしら?」
ぎくりと胸が締めつけられる。
篠宮の前では何を隠しても無駄だと、ひよりは悟った。
「……は、はい……」
小さな声で認めると、篠宮は静かに頷く。
「やはりね。──何があったのか詳しくは問わないわ。でも、このままでは任務に支障をきたすでしょう。……少しでも治療しておきましょう」
「……っ」
分かっていた。
この流れになることは、薄々気づいていた。
だが、“治療”という言葉を耳にした瞬間──
胸の奥で、鼓動が不意に早まる。
思い出すのは、前回の診察台での記憶。
器具を胸に押し当てられ、振動に抗えず、幾度も絶頂に追い込まれたあの感覚。
心の奥のどこかではまたそれを求めている。
羞恥と戸惑いの中で、わずかな高鳴りを覚えてしまっている自分に気づき、ひよりは顔を赤くした──
ご意見・ご感想は X(Twitter) @kanno_bunko までお寄せください。