第3話 雑踏に潜む視線
午後四時、陽の光はまだ強く、街は人で賑わっていた。
そのなかに、少女がひとり、足早に歩く。
今日の任務は、繁華街に潜む淫霊の捜索と封霊。
相手は人混みの中にまぎれ込み、物陰から性的な“念”を遠隔で送りつけてくる厄介な存在だという。
(視界に入らないのに、じっとりと“見られてる”感覚……)
思い返すと、胸の奥に残る違和感が疼いた。
前回の診察――いや、“あの女医”とのやり取りは、今も心と身体になにかが残る。
ひよりの今日の装いは、いつもよりスカートの丈を短く、シャツのボタンを1つ多く外している。
健康的な素肌がいつも以上にあらわになっている。
(……わざと“狙われやすい格好”にしてるなんて、ほんとバカみたい。でも..これも..)
淫霊をおびき寄せるためには、自分が“獲物”としての魅力を放つ必要がある。
それが彼女の役割――封霊師の務め。
通行人の視線を感じるたび、心がざわつく。
今さら戻るわけにもいかず、ただ黙って歩き続ける。
そのとき、電流のような刺激が、背筋を這い上がった。
「んっ……!」
(来た……!)
奥の横断歩道の方に、奇妙な“歪み”が映っていた。
淫霊は、存在を周囲に溶け込ませながら、欲望の念を直接送り込んでくる。
足元に黒い影ができ、ずるりと触手のようなものあらわれ、
ひよりの足首に巻き付き、そのままふくらはぎへと這い上がってくる。
まるで複数の指が這っているような錯覚。
太ももに触れた瞬間に、ひよりの身体は、昨日の任務の後遺症のせいか、敏感に反応してしまっていた。
「や、めて……っ、こんなとこで……っ」
ふと、いつもよりスカートを短くしているせいか、まわりの視線が下半身に向いているような感じがして、妙な気持ちの高ぶりを感じた。
見られている――一般人に。
まわりからは淫霊や触手は見えていないようだ。
けれど淫霊は容赦なく、ゆっくりと遠隔からの攻撃を続ける。
(っ……見つけて、近づいて、終わらせるしかない)
ひよりは雑踏のなかを、目を凝らして確認した。
神経を研ぎ澄まし、感じるまま、狩りの瞬間を待つ――
どれだけ時間だけ過ぎただろうか。
陽は傾き西日が、ひよりの健康的に焼けた艶肌を照らし出す。
脚の震えは、羞恥によるものか、それとも熱のせいか。
ぬめるような視線、濡れた風のような気配。
身体の奥に、力と熱が静かに積もっていく。
そして――
(いた……!)
数歩先、雑踏に紛れる背の高い男の影。
その目は“人間らしく”笑っていたが、目の奥に灯る瘴気がすべてを物語っていた。
淫霊が、ついに姿をあらわした。
ひよりは力を振り絞り、一瞬にして距離を縮め、拳を振り抜く。
「封ッ!!」
眩い光が一閃し、淫霊は苦悶の声を上げながら、霧散した。
ひよりは、乱れたシャツの襟を整えボタンをかけながら、息を吐いた。
まわりの人々は、ただ「なにか変なことが起きた」くらいにしか感じていない。
淫霊の存在は“人の目”には触れなかった。知られてはいけない存在なのだ。
(……あぶないところだった……)
身体にまとわりつく視線、汗ばんだ肌、残る余韻。
封霊師の任務には、見えない重圧があると、ひよりは改めて知った。
都市の騒がしさが戻るなか、ひよりはそっと歩き出す。