第32話 採取との引き換え(前編)
公開日: 2025/10/19
この日、ひよりは任務のため、今は使われなくなった工場へと向かっていた。
報告によれば──夜な夜な、この工場の奥で気味の悪い蠢く影が目撃されているという。
だが今回、ただ退治するだけではない。
女医・篠宮りえから直々に託された依頼──
それは、淫霊の体液を採取し、治療薬の開発へ役立てること。
(……これが成功すれば、わたしの、この厄介な体質も抑えられるかもしれない……)
幾度となく粘液や媚薬に翻弄され、任務の足を引っ張ってきた自分。
篠宮の治療でほんの一時的に和らいだあの感覚は、確かに希望を与えてくれた。
だからこそ──今度は自分の手で掴まなければならない。
(……もしかしたら、また卑猥な淫霊に出くわすかもしれない……)
その予感に、ひよりは胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。
羞恥と恐怖、そして──ほんのかすかな期待にも似たざわめき。
細い指が、制服のポケットに忍ばせた小瓶をぎゅっと握りしめる。
硬質な硝子の感触に、自然と拳に力がこもる。
(……絶対に、採取して戻らなきゃ……)
暗がりに溶けていく息遣いの中で、ひよりは決意と怯えを抱きながら──報告にあった工場へと近づいていった。
雨上がりの夜。
工場の周囲にはいくつも水たまりができ、割れた窓ガラスから月明かりが斜めに差し込んでいる。
むわりとした湿気が肌を覆い、ひよりの首筋を伝って汗が一筋、白いシャツの中へ滑り落ちていった。
壁や器具は錆びつき、人の気配などあるはずもない。
だが、胸の奥にかすかなざわめき──獲物を見つけた捕食者の視線のようなものを、ひよりは確かに感じていた。
錆びた扉に手をかけ、力を込めて軋ませながらスライドさせる。
月光が割れた窓から差し込み、静まり返った工場の床に淡い光を落とした。
一歩、また一歩──足音がやけに響き、湿った空気がじっとりとシャツを透かせる。
張りのある胸元に布が吸いつき、歩くたびにわずかな輪郭を浮かび上がらせた。
その時──
「きゃっ……!」
背後から、影が音もなく迫り、一瞬で両腕を後ろに絡め取る。
視線を落とすと、赤黒い触手が左右の手首に巻きついていた。
(触手……!)
ぐっと力を込めれば、外せなくはない程度の拘束。
本来なら、そのまま振りほどき、淫霊本体を探し出して封霊してしまえば任務は終わる。
だが、今回のひよりにはもう一つの目的があった。
──篠宮から託された裏の任務。淫霊の体液を採取すること。
そのためには、わざと近づかせ、あの粘液を引き出さなければならない。
(……これを手に入れれば……きっと……)
羞恥と恐怖の狭間で、喉がひくりと鳴る。
あえて、ひよりは捕らわれたふりをして淫霊を誘い出すことにした。
手首に巻きつく触手は、いやらしくうねりながらぬめりを伝え、冷たさと熱さの混じった感触を肌へ染み込ませてくる。
(……気持ち悪い……でも……採取さえ終わらせれば……)
じっと耐えるひよりの周囲、物陰からもずるずると音を立てて黒い影が蠢き、触手がいくつも伸びてきた。
淫霊本体はまだ姿を見せない。
(……どこ……どこにいるの……)
胸元へと伸びてきた別の触手が、先端をいやらしくくねらせ、白いシャツの布越しに柔らかな膨らみをなぞっていく。
指でなぞられるのとは異なる、冷たく粘る感触が、布の上から形を浮き彫りにする。
「……っ」
思わず身をよじると、たわわな胸がぷるんと弾み揺れ、その動きに応じて触手が粘液を擦りつける。
まるで艶やかな乳房に印を刻みつけるかのように、何度もなぞり、絡みつき、離れない。
ねっとりとした刺激に、呼吸が浅くなり、頬がじわりと熱を帯びる。
(……いや……こんなの……でも……)
その時だった。
薄暗い奥の方、割れた窓から射す月光に照らされるようにして、淫霊の輪郭が浮かび上がった。
顔の判然としない異形のはずなのに、ひよりにはそれがにやりと嗤っているように見えた。
(……いた……!……今なら、封霊できる……)
だが、ほんの少し拳に力を込めたひよりは、すぐに手を緩める。
(……でも、まだ……)

触手の動きは、じわじわと加速していく。
胸元を這い回っていたそれは、やがてシャツの襟元から覗く谷間へと滑り込み、ぬるりと粘液を塗りつけながら潜り込んできた。
「あっ……」
冷たいはずのぬめりが、熱を帯びた胸の間に入り込むと、柔らかな膨らみを内側から押し広げる。
大きな胸は外へと強調され、シャツのボタンが今にも弾け飛びそうに張りつめていた。
粘液と汗が混じり合い、白い布越しに浮かび上がる艶やかな素肌。
その下で、触手は自在にうねりながらブラジャーの内側へと侵入し、先端へとじわじわ近づいていく。
「んっ……あっ……」
粘りつく感触が小さな突起を捕らえると、ぐりぐりと押しつけるようにして責め立てた。
篠宮の治療で一度は落ち着いたはずの痺れる感覚が、まだ残っていた媚薬の後遺症に呼応して再び疼きだす。
(……だめっ……あのときのこと、思い出しちゃう……!)
心の奥に沈めていた熱が、また浮かび上がってきて、必死に抑えようとする理性をあざ笑うように疼く。
そのとき、不気味な気配をまといながら、淫霊がゆらりとこちらへ歩み寄ってきた。
闇に浮かぶその姿が、これから訪れるものをいやでも予感させ、ひよりの鼓動はさらに速まっていった。
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