第38話 記録のあとで
2026/02/13
ひよりは任務を終えた足で、夜の静けさに包まれた医療棟へと向かっていた。
生体反応を記録するために体内へ挿入された器具が、任務中に突如として震え出し、危うく意識を奪われかけた――
まだその余韻が身体の奥に微かに残っていた。
医療棟に着いた頃には、時計の針はすでに日付を越えていた。
人気のない廊下に、ひよりの靴の音だけがこつこつと響く。
薄暗い中、篠宮の診察室のドアの隙間からだけ、柔らかな明かりが漏れていた。
コン、コン。
ノックの音が静寂に吸い込まれると、すぐに聞き慣れた落ち着いた声が返る。
鍵の外れる音がして、扉が開く。
篠宮はいつもと変わらぬ微笑を浮かべていたが、その目だけはどこか鋭く、ひよりの全身を観察するように見つめていた。
「よかった……無事に帰ってきてくれて」
少し間を置いて、
「……はい、なんとか」
中へと招かれ、扉が再び閉じられる。
カチャリ、と鍵の音が響く。
その乾いた音が、妙に胸の奥をざわつかせた。
篠宮はひよりの正面に回り込み、白衣の袖を軽く揺らしながら見つめる。
「どうかしたの? どこか痛む?」
「いえ……あの……器具が……振動したんです。そんな話、聞いていなかったので……」
言葉を選ぶように口にすると、篠宮の瞳がわずかに揺れた。
一瞬、驚いたように眉が動く。だが次の瞬間、唇の端がゆっくりと上がる。
「ええ、たしかに装置には“生体反応”を感知して記録するために、微弱な動作はあるのよ」
篠宮は、ひよりの視線を受け止めながらゆっくりと説明した。
だが、次の言葉のトーンが、ふと変わる。
「けど……そこまで反応するなんて、想定外よ」
その声には、驚きよりもむしろ、興味を隠しきれない熱が滲んでいた。
篠宮は手元のメモに軽く指を滑らせながら、独り言のように続ける。
「これまでそんな報告を受けたこと、ないし……これは……分析が楽しみね……」
その“楽しみ”という言葉に、ひよりは胸の奥がざわつく。
どこかで聞いたことのある、あの甘い声の響き――それが、医師・研究者としての興味だけではないように感じられた。
小さく息をのむひよりの表情を見て、篠宮ははっとしたように続けた。
「あら、ごめんなさい。……楽しみというのは不謹慎ね。ただ治療薬の開発に、とても役立つと思うのよ」
その言葉は理性的なもののはずなのに、
篠宮の声は妙にやわらかく、低く、耳の奥に残るように響いた。
「それじゃあ、器具を取り出すから、脚を肩幅ほど開いてもらえるかしら」
篠宮の声音は、あくまで落ち着いていた。
しかし、その静けさの裏に、どこか得体の知れない熱が潜んでいる気がした。
「えっ、取り出すのは、さすがに自分で…」
思わず、ひよりは言葉を詰まらせた。
任務に出かける前、篠宮の手で器具を入れられたときの感覚が、瞬時に脳裏をよぎる。
「いいえ、任務の前にも言ったでしょう? 怪我でもしたら困るの」
やわらかな口調に、拒む言葉は不思議と喉の奥で消えていった。
ひよりは小さく息を吐き、ためらいながらも頷く。
篠宮の前に肩幅ほど脚を開いて立つと、篠宮は静かにしゃがみ込み、白衣の裾を整える。

視線の高さが、ちょうどひよりのスカート丈の高さと同じくらいになった。
足元でしゃがんだ状態だと、ひよりのスカートの長さは、かんたんに下着が見えるほど短く、自然と覗き込む形となった。
ゆっくりとその顔が股のあたりに近づくき、篠宮の髪の先が太ももにかすかに揺れる。
任務前に受けた刺激が思い出され、無意識に下腹部あたりをキュッと締め付けた。
「…スカート汚れちゃうといけないから、持っててもらえるかしら?」
スカートの端を自らつまみ上げると、篠宮の視線がそこに落ちるのを感じ、ひよりの頬は静かに熱を帯びていく。
淫霊との闘いによる分泌された液体は、医療棟へ向かう間に渇き、下着には白いシミのようなものを浮き出していた。
乾いてはいるものの、再び身体の熱とともに、ふわっと甘酸っぱいような香りが漂う。
篠宮が片手の指先を下着との間にいれて、ゆっくりと横にずらすと、器具に取り付けられた紐のようなものが割れ目から出ていることを確認した。
もう一方の手で、その紐をつまむと、少し引っ張った。
「んっ…」
わずかな下腹部辺りの刺激に思わず声が漏れた。
「少し動かしてから取り出すから、痛かったらおしえてくださいね?」
声はいつもの落ち着いた調子。
それでも、ひよりの心臓は鼓動を速めていた。
そういうと、紐を引っ張っては離しという動作を繰り返した。
紐を指先から離すと、体内が再び器具を取り込むかのように、奥へと戻っていく。
この行為を繰り返されるたび、徐々にしっとりと濡れていくのが分かった。
引っ張られることで器具が押し拡げようとする感覚、腟内がそれをまた押し返そうとする感覚がひよりの脳内を満たす。
「ああっ…」
僅かに身体が震えた瞬間ーー
親指の大きさほどの器具は透明な潤いを全面にまとい体外へと、排出された。
わずかに割れ目との間には、糸がひいたが、すぐに途切れた。
ひよりは安堵し一息つくと、漂う甘酸っぱい香りにハッとし、思わず頬を赤らめる。
刺激から声が漏れるのを応えるのに精一杯で、一切気づかなかった。
篠宮は片手の指先で抑えていた下着を離し、元の位置に戻すと、下着の裏地が液体をゆっくりと吸収してい感覚がした。
もう片手に握られた紐の先には、器具が分泌された液体をまとい、艶めかしく光を反射させている。
篠宮はなんのためらいもなく、器具を鼻に近づけ少し匂いを嗅ぐと、まるでさくらんぼを口に運ぶかのように、器具を口に咥え、その液体を吸い上げた。
「えっ…ちょっと、なにやってるんですか」
突然のことに、ひよりは動揺を隠せない様子だった。
「うん…ちょっと匂いは強めだけど問題なさそうね」
これも診察の一環なのか、当たり前かのような態度を篠宮はふるまう。
篠宮は指の腹で唇の端から漏れた液体を拭いながら、何事もなかったかのように、器具をデスクの上に丁寧に置くと続けた。
「おつかれさま。この記録は、きっと治療薬の完成に役立つわ」
「は、はい。よろしくお願いします…」
自分の身体がどんなふうに記録されているのか──
その仕組みを理解しているわけではない。けれど、
測定という言葉の裏にある“すべてを覗かれているような感覚”が、
どうしても胸の奥をざわつかせた。
それでも、これは封霊師としての務め。
治療薬のため、自分のためだと心に言い聞かせる。
「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んでね」
篠宮の微笑みは、医師としてのものなのか、
それとも別の感情が混じっているのか──
優しい言葉とともに、退室を促される。
小さく礼をして、診察室をあとにする。
扉が静かに閉じる音とともに、
廊下には室内の明かりがわずかに漏れ、
ひよりの影を長く伸ばしていった。
ふう、小さく息を吐く。
さきほどまで、確かに下腹部あたりにあった違和感はなくなったが、今もまだそこに何かあるような、また刺激に反応して震えだすような感覚が身体が覚えているような気がしてならない。
淫霊から採取した体液の提出と、自身の生体記録。
その結果が、治療薬の完成につながると信じたい。
時間はかかるかもしれない。
それでも──あの時間が無駄ではなかったと思えるときが、きっと来るはずだと、ひよりは静かに願いながら寮へと向かった。
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