第8話 悪戯な瞳

封霊師となって一年。神崎ひよりは、数多くの任務を経て、同期の中でも頭ひとつ抜けた存在になっていた。

そんな彼女に、ついに後輩がつくことになった。

 

「先輩〜っ! 今日からよろしくお願いしますっ!」

元気な声とともに、軽い勢いで前から飛びついてきたのは、天羽(あもう)みく。

みくは無邪気で人懐っこく、距離がとにかく近い。

ひよりは反射的に背筋を伸ばした。

「えっ、ちょ、ちょっと近い…!」

「えへへ、すみませんっ♡ でもわたしってこういう距離感なんですよね〜」

小柄な体でぴったりと寄って、ひよりの胸が彼女に当たり押し返されるのを感じた。

悪びれもせず笑うみくに、ひよりは思わず一歩引く。

「さっそく先輩の噂、聞きましたよぉ…♡ “トクベツ”な体質のエースって…先輩のことなんですよね?」

まっすぐな瞳が、ひよりの身体をすっと撫でるように見つめてくる。

目線の動きひとつが妙にくすぐったく、ひよりは思わず腕をぎゅっと胸元に寄せ、手で隠した。

「ちょ、ちょっと…それに噂って、誰が……」

「え〜、先輩のことじゃないんですかぁ? 先輩って、こう見えて意外と照れ屋さんなんですね…♡」

みくの声は軽やかだったが、その響きの奥に、わずかな含みがあった。

「わたし、こういう羽根を使ってね、空気とか霊気の流れとかを読むのが得意なんですよっ。ほら、こうやって——」

みくはそう言いながら、手に持った細長い羽根を、ひよりの脚へと向けた。

柔らかく揺れる 羽根先が、すらりとスカートから伸びる太ももに、そっと触れる。

初めての感覚にひよりは思わず、身体が反応した。

「…えっ…?」

ひよりは突然のことにどう反応していいのか困惑していた。

羽根先は風に乗るように、さわさわと肌に触れ、ゆっくりと上へと滑っていく。

ひよりの身体がぴくりと小さく跳ねた。

(なに、この感覚……霊気を読んでるって……)

羽根はすでに、スカートの内側へと潜り込んでいた。

生地越しにふわりと空気が動き、裾がわずかに持ち上げられる。

「っ……ちょ、ちょっと、それ以上は……だめ!」

咄嗟にみくの手を抑えたひより。

バッとみくの手を抑え、なんとか止めることができた。

「えー、わたしの特技、ちゃんと見てほしかったのに〜。…でも、少しだけ分かりましたよ。先輩って、なんだか身体から“重たい気”が漂ってる気がします」

「……“気”? それって、なにか…見えてるの?」

みくはイタズラっぽく口元を指で隠し、にこりと笑った。

「ふふふ、知りたいですか?♡ あと、なんか…“すっごく濃くてえっち”な気も混ざってました」

「……なっ……そんな、あるわけ──!」

反射的に目をそらしたひよりの頬が、ふわっと赤く染まっていく。

みくの言葉が冗談めいていることはわかっていた。けれど、その無邪気な笑顔の裏にある勘の鋭さに、どうしても気圧されてしまう。

(なんだろう、この子……人懐っこくて無邪気そうに見えて、するどい)

自分でも気づかない何かを、彼女はもう見抜いているようだった。

「……とにかく、これからよろしくね。…みく」

不慣れな名前呼びに、ひよりは思わず目を伏せた。

それを察したのか、みくはぱっと笑顔を浮かべる。

「はいっ!これから、いーっぱい先輩のこと教えて下さいね♡」

そう言って、勢いよくもう一度抱きついたかと思えば、すぐにふわりと離れ、まるで風をまとったような足取りで離れていった。

 

その背中を見送りながら、ひよりは静かに胸に手を当てた。

まだ名も知らぬ“気”が、確かに揺れていた──